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 ◆ 綾塚古墳(あやつかこふん)  〜福岡県京都郡みやこ町勝山〜


国指定 史跡 「綾塚古墳」

========概 要=========
指定:国指定 記念物(史跡)
指定年月日:昭和48(1973)年4月14日
所在地:福岡県京都郡みやこ町勝山黒田
種類:横穴式石室を持つ円墳
成立年代:7世紀前半頃
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綾塚古墳は同じ勝山の橘塚古墳とともに北部九州を代表する巨大な横穴式石室を持つ古墳である。 この綾塚古墳は6〜7世紀頃に築城されたもので、直径約40m、高さ7mの円墳である。 石室橘花塚古墳と同様に花崗岩の巨石で築かれた横穴式石室で、全長は19mあり、複室構造の横穴式石室としては国内でも最大規模に位置づけられるものである。 玄室は長さ3.5m×幅3.5mで、玄室には京築地区で唯一の縦1.3m×横2.7m×幅1.7mの大型の家型石棺が安置されている。
この古墳は現在は地元では「女帝神社」として呼ばれており、石室入口には手洗鉢、石棺の前には石灯籠が置かれ、石棺を御神体とした神社として祀られている。

【参考資料】みやこ町歴史民族博物館パンフ、現地掲示板



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*地図上での位置は概略位置です。

【散策記録】
京築地域には古墳が多い。勝山地区にも綾塚古墳、橘塚古墳、扇八幡古墳など多くの古墳がある。
綾塚古墳は黒田神社前を左折し約500mほど行った右手にある。 道路の入口には綾塚古墳入口の表示があり、表示の先を見ると女帝神社の鳥居とポッカリと入口が開いた古墳が見えるのですぐにわかる。
古墳が神社として祀られているのは珍しい気がするが、江戸時代には石棺、石室、墳丘が信仰の対象になっていたらしい。 今は女帝神社と呼ばれているが以前は「女体宮・女体権現」と呼ばれていたらしいがその意味は私は知らない。 石室の石組はかなりしっかりしており、中に入ってみると正面に金柵があり奥に石棺が安置されている。 金柵の中の石棺の前には灯篭が設置されている。石室にはお手水鉢があり柵の前にはお参りのための台もあり、今でも地元の人たちの信仰の対象になっているようだ。 石室の規模は大きく古くから開口していたため多くの人が訪れており、その昔かの貝原益軒も訪れたらしい。
石室の中から入口を見てみた。光が差し込む開口した入口の向こうに、遠く御所ケ谷の山並みが見える。ここに眠っている人もあの山並みをずっと見ていたかもしれないと思うと感慨深くなった。 古墳の周りは綺麗に整備清掃されており今も地元の人たちに大切にされているのが良くわかった。【Taka記、撮影:2010/1月】


綾塚古墳入口。表示の向こうに古墳が見える。


近づくと鳥居と古墳入口が見えてくる。


鳥居の向こうにポッカリ開いた入口


女帝神社の鳥居


花崗岩の巨石でしっかり組まれた石室


石棺前は金柵がある。


金柵の奥に石棺が安置され、灯篭もある。


石室から外を見る。
入口の向こうに御所ケ岳の山並みが見える。


古墳前にある教育委員会の説明板

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